戦場と小説合宿

 

 戦場の夜。  
 ある男達が塹壕張り巡らされる前線の傍らに建てられた板張り小屋に集まっていた。  
 人数は5人。 
 いずれも鉄兜と軍服を身に着けているが、その造りは質素で、男達が職業軍人では無く、民間人から徴用された者達である事は明白だった。 
 5人の中で最も年長の男が言った。 
「不思議な巡り合わせもある物だ。祖国の各地で密やかに執筆を試みていた私達がこうして、戦場の片隅に集められるとは」
 小屋の中は暗く、息を潜めるようだが、男達は毎晩こうして囁き声で活発に様々な事を話し合い、互いに持ち寄った僅かながらの酒や食い物を分かち合うのだった。 
 小屋の壁はゴマ粒のように小さな文字で埋め尽くされている。全て、この小屋に集まる男達が誰ともなく書いた物語だった。 
 非常に短く、それだけで完結している話もあれば、何人かの連作のようになっている話もあった。 
 そうしているうちに夜明けが近づき、一人、また一人、と小屋を去ってゆく。 
 ある日、前線が陥落した。 
 男達の行方は分からない。その場で戦って死んだ者もいれば、国内に退却した者もいるだろう。 
 占領された防衛線は反対向きに機能するように突貫工事が加えられた。 
 ある時、その工事を指揮する博覧強記の将校が小屋を見つけた。 
 貧相な小屋だ。打ち壊して焚き付けにさせようと思ったが、中に入って息を呑んだ。 
「うーむ、戦争の最中にこれだけの文章を書き付ける者が一兵卒にいるとは。相手方の文化力、侮りがたい」
 その後、将校は毎日小屋に入り浸っては壁の物語を書き写し、祖国への土産としたという。 

 

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