『雪の朝」
雪が降った朝の話。
小学生だった俺と妹は朝早く家を出て純白に染まった道端で遊んでいた。
「にいちゃ、雪きれいね」
「うん、きっとすぐ溶けちゃうだろうけどな」
雪玉をそこらの団地の壁に投げつけるとテニスボールをバットで打ったような心地よい音がして雪玉が弾ける。
それが楽しくて何度も雪玉を壁に叩きつけて遊んでいると後ろから爺さんが話しかけてきた。
何回か見かけたことがあったような……でもやっぱり知らない爺さんだった。
「坊主、雪ははじめてかい」
爺さんはガリガリに痩せていて、しかも薄手のジャンパーを着てるもんだからカタカタ震えていた。
「うん、とってもキレイだね」
「そうか、この地方じゃあんまり雪は降らないからなぁ」
爺さんは横を向いて団地の運動場のその先を目を細くして眺めた。
「俺はこの辺りじゃ生涯一人モンだと思われてるみたいだが、でもな、ずっと一人だったわけじゃねえんだ」
「え?」
爺さんは突然よくわからない話を始めた。
「あのな、俺にも嫁さんがいて、ずっと二人で幸せにくらしていたんだ、でもある日、そうこんな滅多に無い雪が眩しい朝に二人でこの辺を散歩して、家に帰ってきたら」
爺さんは急にこっちを向いて目を見開いた。
「一緒に歩いてたはずなのに消えちまったんだ!あぁ、美佐代……美佐代……」
爺さんは呆けたようにフラフラと歩き出した。
「何も残ってる物はなかったんだ」
爺さんは呟くと、一面の雪景色の中を歩き去っていった。
話を俺のすぐ後ろで黙って聞いていた妹が俺の手を強く握った。
「にいちゃ、こわい」
俺は妹に何と言えば良いかもわからないまま、その手を引いて家へ帰った。
反対の手には投げ損ねた雪玉を持ったまま。