僕が小学生の頃の話

友達の家から帰る途中、子供の叫び声が聞こえた。
最初は気のせいだと思った。しかし、声は傍らにあった古いアパートのある部屋から確かに発せられたようだった。
好奇心に駆られた僕はアパートの扉に耳を当ててみた。
鈍い音と呻き声、そして子供が謝る「ごめんなさい」という声が聞こえる。
声の主は先ほどの叫び声と同じ人のようだ。
幼かった僕はドアノブに手を掛けた。
「ガチャリ」と音を立てドアノブが回る。
鍵は掛かっていないようだった。
不思議なことに室内の音に変化は無い。
好奇心に駆られた僕は部屋に入った。

夕日に照らされた部屋にはコートを着た男が一人いた。
子供の姿は無い。
男の足元にはラジカセが置かれ、子供の声と鈍い音は全てそのラジカセから発せられていた。
逆光により男の顔は見えなかったが男は僕の方をじっと見つめているようだった。
僕は尋ねた。
「ここで何をしているの?」
「実験だよ」
実験と聞いて僕は白衣を着た科学者を思い浮かべたが男はどう見ても科学者には見えない。
「何の実験?」
「誰かが助けに来るかどうかの実験だよ」
「誰か助けに来た?」
「いいや、今の所君だけさ」
ここでテープが巻き戻り、再び子供の叫び声が聞こえた。
男が言った。
「もう帰りなさい」
「うん、でも最後に聞いていい?このテープ、誰の声?」
「……。」
「……。」
僕は少し怖くなってきて、家に帰ろうとした。
「じゃあ帰ります。勝手に入ってごめんなさい」
「ああ」

帰り際に一瞬見えた男の顔を僕は忘れられない。
少し痩せた顔に皺の入った眉間。
そして左頬の火傷跡と悲しそうな瞳。

この一件以降、僕はそのアパートの前は通っていない。

小説一覧へ トップへ

inserted by FC2 system